よりおいしそうで、より安心な食肉製品を作る

農学研究院 准教授 若松純一

<写真>研究について語る農学研究院の若松純一准教授(撮影:広報?社会連携本部 広報?コミュニケーション部門 齋藤有香)

農学研究院応用食品科学研究室准教授の若松純一さんはこの20年、発色剤として使われる食品添加物である硝酸塩と亜硝酸塩を使用しない伝統的な生ハムの色に関する研究を行ってきました。若松さんは、消費者の購買意欲を高めるため、肉をよりおいしい色や見た目にする方法の開発を目標に研究を続けてきました。2023年、エア?ウォーター社が若松さんと共同で開発した、硝酸塩?亜硝酸塩を使わずにサラミの見た目をおいしく保つ製造法を特許申請し、2024年から商品の提供を始めるそうです。

中世ヨーロッパでは、自然塩に含まれたり、自然に析出したりする硝石(硝酸カリウム塩)が、肉の保存性だけでなく食中毒の発生抑制にも働くと一部で知られていました。食肉製品に硝酸塩を使う工業的なプロセスが広く普及したのは19世紀末のことでした。若松さんは「硝酸塩と亜硝酸塩には複数の役割があり、細菌の繁殖を抑えて肉の保存性を向上させ、風味を高め、酸化を抑制し、食欲をそそるような赤色にします」と説明します。一方で、「日本では、硝酸塩や亜硝酸塩は単に色を良くするために添加されるものだと、中学校などの家庭科では教え続けられています」と続けます。

ヨーロッパを訪れて伝統的な食肉製品に関する知識をまとめた本を紹介する若松准教授(撮影:齋藤有香)ヨーロッパを訪れて伝統的な食肉製品に関する知識をまとめた本を紹介する若松准教授(撮影:齋藤有香)

「実は、生肉に色をつけているのは硝酸塩ではなく、亜硝酸塩です。硝酸塩は肉の中のバクテリアによって亜硝酸塩に還元されます。亜硝酸塩はバクテリアの繁殖を抑えるだけでなく、さらに還元されて発生する一酸化窒素がミオグロビンと反応してニトロシルミオグロビンを生成します。このニトロシルミオグロビンが、肉を鮮やかで安定な赤色に見せるのです」と若松さんは解説します。一方で、加工肉に残る亜硝酸塩は、消化中に他の食品中の化合物と反応して、発がん性があるニトロソアミンなどを生成して、肝臓がんや他のがんの発症リスクを高める可能性があります。若松さんは「だから、硝酸塩や亜硝酸塩を含む食肉製品は、一部の消費者から発がんリスクがあると強く懸念されています」と話します。「ただ実際には、野菜などに含まれる硝酸塩の摂取量の方が食肉製品からの摂取よりもはるかに多く、リスクは高いのですが、そこは誰も気にしないんですよね...」と困惑気味で話します。

添加物を好まない消費者のため、硝酸塩や亜硝酸塩を含まない食肉製品が販売されていますが、大きな欠点はその見た目です。乾燥熟成したドライソーセージでは、肉本来の赤色から褐色に変色してしまい、消費者にとって食欲をそそらない見た目に変わってしまいます。そこで若松さんの研究の出番です。「パルマ産生ハムのプロシュート?ディ?パルマは、硝酸塩や亜硝酸塩が添加されていないにもかかわらず、最大2年間熟成された後も、豊かな赤みを帯びた色を保ちます。なぜそうなるのか原因を調べたところ、ZnPP(亜鉛プロトポルフィリンⅨ)の存在によるものだと明らかにしました。それは、体内で酸素を運ぶ役割をしているヘムと構造が似ていますが、違いは鉄の代わりに亜鉛が存在しています」と若松さんは詳しく説明します。その後、若松さんはいくつかの細菌が、塩漬けのひき肉中でZnPPを形成することを発見しましたが、これらの菌は食用としては安全ではありませんでした。そこで、さまざまな食品用乳酸菌の菌株の中から、ZnPPを形成し、硝酸塩や亜硝酸塩を含まないドライソーセージの色を改善できる乳酸菌の選抜を試みました。

天然のZnPPを含んだプロシュート?ディ?パルマの切り身。紫外線に近い光を当てると、肉に含まれるZnPPが強い橙色の蛍光を発する(撮影:齋藤有香)天然のZnPPを含んだプロシュート?ディ?パルマの切り身。紫外線に近い光を当てると、肉に含まれるZnPPが強い橙色の蛍光を発する(撮影:齋藤有香)

その結果、ラクトコッカス属の菌株が発見されました。これは乳製品業界で広く使用されている乳酸菌で、硝酸塩および亜硝酸塩を含まない熟成ドライソーセージの中で、酸素の有無にかかわらずZnPPを作り出すことができました。エア?ウォーター社が採用したのもこの手法です。「熟成ドライソーセージの1つであるサラミは、微生物を容易に混ぜることができ、乾塩漬生ハム(パルマハム)よりも早く熟成するので、研究と生産に適していると思い、利用しました。短時間で工程を観察できますし、微調整もでき、何らかの理由で品質が低下した場合も迅速に識別できます」と若松さんは詳しく説明します。「もちろん、私自身もこのサラミを食べたことがあります。欧米のサマーソーセージのような甘酸っぱい味わいです」という若松さん。いま、ZnPPを産生し、かつサラミの味が変わらない乳酸菌の探索に取り組んでいます。

ZnPP産生乳酸菌を添加して製造した食品添加物不使用の生サラミ(中央)と、添加物を使ったサラミ(左)と、添加物を含まないサラミ(右)を比較(提供:エア?ウォーター株式会社)ZnPP産生乳酸菌を添加して製造した食品添加物不使用の生サラミ(中央)と、添加物を使ったサラミ(左)と、添加物を含まないサラミ(右)を比較(提供:エア?ウォーター株式会社)

若松さんは「私が20年前にこの研究を始めた頃は、世界的にもほんの一握りの研究グループしかいない、非常にニッチな分野でした」と振り返ります。「今では非常に人気のある研究分野であり、これからも最前線で研究ができるよう努力し続けたいと思います」。

この記事の原文は英文です(Spotlight on Research:
Improving meat products to suit consumer preferences

【文:広報?社会連携本部 広報?コミュニケーション部門 ソハイル?キーガン?ピント
翻訳?再編集:同部門 齋藤有香】