【特集「北大が育む食文化」】

第二章「北大短角牛」


静内研究牧場で放牧されている北大短角牛。(提供:北方生物圏フィールド科学センター)


静内研究牧場で育まれた希少な和牛「日本短角種」は、2021年に「北大短角牛」として
ブランド化された。「食べられる研究成果」として、その豊かな味わいが多くの人々に愛されている。


本来の飼い方で育てられた希少な牛

 「北大短角牛」を育てる「静内研究牧場」は、札幌キャンパスから約150q南東の新ひだか町に位置する。1950年に設立されて以来、470haにもわたる広大な敷地で、約150頭の肉牛と約100頭の馬を育て、畜産のみならず草地管理や環境保全など幅広い分野の教育研究に取り組んでいる。


静内研究牧場長の河合正人准教授。 

 一般的に日本の肉牛生産は、9割以上を輸入飼料に頼っているのが現状だ。静内研究牧場では広大な敷地を生かして、春から秋にかけては牛たちを終日放牧し、牧草のみで育てて、穀物飼料は一切使っていない。冬は牧場内で収穫した乾草やサイレージを主体にごく少量の穀物を補給して飼育し、牛舎で発生する糞尿は堆肥として採草地や飼料畑に還元する。北方生物圏フィールド科学センター静内研究牧場長の河合正人准教授は、「草食家畜は、ヒトが消化できない草を肉やミルクに変えてくれます。その能力を最大限に発揮できる方法で飼育するというコンセプトを代々継承して研究しています」と語る。国内で飼育されている和牛の98%以上は黒毛和種で、日本短角種はとても希少な品種だ。野草も含めて草だけで成長し、ミルクを作る能力も肉牛の中ではずば抜けて高い。親子で放牧させれば、ミルクだけで子牛が育つため放牧に適した牛だといえる。現在はより効率の良い肉牛生産を目指し、季節の変わり目に放牧から牛舎、牛舎から放牧での飼育に変わる際に牛にかかるストレスを、できるだけ減らす畜産技術の研究などに取り組んでいる。


研究成果をストーリーとともに味わう


ECサイトで販売している北大短角牛。
(提供:わっかテーブル)



株式会社わっか 佐々木 学 代表取締役。
(提供:わっかテーブル)

 かつては「北海道産短角牛」として、北大で育てられた牛とは分からない形で、とても安価で流通されていた北大短角牛。そのようななか、静内研究牧場の短角牛を購入し、販売していた会社から「北海道大学で育てた肉牛として適正な価値で販売してはどうか」と声があがり、産学・地域協働推進機構などとともにブランド化を検討することとなった。

 2021年のブランド化以降は、加工した肉をインターネット等で購入することが可能となった。また札幌キャンパス内の「カフェ de ごはん」や、北大近隣のレストランで味わうことができる。放牧中心に育った北大短角牛は、サシの少ない赤身が特徴でさっぱりとして食べやすく、噛むほどに肉の豊かな旨味と芳醇な風味が口いっぱいに広がる。

 元北大職員で北大短角牛の加工肉の販売を手掛ける株式会社わっか 代表取締役の佐々木 学さんは、「北大内で販売していた頃から、静内研究牧場の牛肉のファンでした。家畜としての牛本来のあり方で育った牛肉を、ひとつの選択肢として皆さんに知っていただき、そのストーリーとともに味わってもらいたいです」と話す。SDGsに関連した展示会や、YOSAKOIソーラン祭り、さっぽろ雪まつりといったイベント会場にも積極的に出店し、北大短角牛の味わいと持続可能な畜産研究を多くの人々に伝えている。北大祭に北大短角牛を食材として出店したいという学生たちを、調理指導という形でサポートもしている。佐々木さんは、「北大祭で短角牛を扱ってくれる学生がもっと増えてくれたら良いなと思い、興味がある学生たちへのプロモーション活動もしています。これからも食だけではなく、様々な研究成果の発信に際し、北大と市民をつなぐコミュニケーションのお手伝いをしていきたいです」と語る。


「北大短角牛」を味わい、畜産を考える


北大短角牛が、新ひだか町全小中学校の給食として提供
された。(提供:北方生物圏フィールド科学センター)

 北大短角牛がブランド化されたことによって、河合牧場長が学会やシンポジウムに講演で呼ばれる機会が増え、数々のメディアにも取り上げられるようになった。地元新ひだか町全小中学校の給食として北大短角牛が提供されたことをきっかけに、小学生たちが牧場を訪れたこともあったという。

 河合牧場長は、「普段食べている牛肉とは飼い方も風味も違った北大短角牛を味わうことで、少しでも畜産や畜産食品に興味を持ってもらうきっかけになれば」と話す。「海外には、研究牧場に一般公開を担当する部署があり、専門の職員がいる大学もあります。静内研究牧場にもそういった役割ができ、もっと多くの人に牧場を訪れてもらえるようになればと願っています」と将来展望を語る。河合牧場長が魅力のひとつとする「北大短角牛が山の風景に溶け込む姿」を、私たちが目にする機会が増えるかもしれない。



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